ぼくおちゃんの話 再会

先住ネコ「ちびこ」の強硬な反対にあって、泣く泣く手放したぼくおちゃん。
元気かなー、大きくなったかなー、可愛い子だったなー、と思いながら1年ほど経ったある日。

ぼくおを託したご近所のおばちゃまから驚くべきニュースが飛び込んできた。
ぼくおを引き取ってくださったお寺が火事になったというのだ。
「ネコ舎」にしていた建物の暖房が原因とも聞いた。多くのネコが死んでしまった、とも・・・
大ショックを受けて、なんとかぼくおの消息がわからないか、と再々お願いして待った。

「ぼくおちゃんは無事です。でももうお寺では飼えません。」
どんなにホッとしたことか。もう考える余地も迷う気持ちもなかった。
ちびこがなんと言おうとぼくおを引き取る。もう体も大きいだろうし、危ないことはないはず。
そして正に正に運命の糸にたぐりよせられるように、ぼくおは我が家に帰ってきたのだ。

うちに連れてこられたぼくおを一目見て、私は心底驚いた。
ほんとに?これがあのぼくおちゃん?
ぼくおは、背ばかり大きくなっていたがとてもやせていて、顔の中で鼻だけが大きく目立っていた。
お寺ではたくさんの捨てネコを引き取って面倒をみていらしたわけで、
一匹一匹にたっぷりとご飯がわたるわけもなかったのだろう。
(それでもケガもなく皮膚もきれいで、ここまで育てていただけたことには深く感謝だった。)

さらに、ぼくおは声の出ない子になっていた。
小さいとき、顔中を口にしておねだりしていた記憶が確かにあるのに、
今は鳴こうとしてもかすれ声でかすかに「…アッ…」と聞こえるだけ。
鼻も悪くしていて、特有の膿の匂い(蓄膿)もしたし、
ひんぱんにくしゃみをしては、緑色の膿(ハナクソ)をとばす。
そして、これは一番せつないことだったが、ゴロゴロ・・・といっさいいわなくなっていた。
すっかり変わってしまったぼくおを見て、私は正直なところ
「また元のように、この子を愛せるのだろうか」と心配もしていた。

ちびこも、もはや自分より体の大きくなったぼくおに対しては攻撃はしなくなった。
憤懣やるかたない顔をしつつも、無視して近寄らない作戦をとっていた。
ぼくおはおっとりとマイペースで、鳴くこともなく、すり寄ってゴロゴロも言わず
ただ静かに暮らしていた。

好き嫌いの多いちびこと違って、ぼくおはなんでも良く食べた。
良く食べて少しずつ太っていった。そしてどんどんネコらしくなり、ぼくおらしくなり、
少しお肉のついてきた顔の中では鼻もそれほど目立たなくなっていた。
さらに抵抗力がついたのか、えさに混ぜた蓄膿の薬が効いたのか、膿の匂いも消えた。
(でもくしゃみとハナクソは最後まで変わらず。そのうちハナクソまで可愛くなったけど)
なんといっても素直でおっとりとしたぼくおは、それはそれは愛らしい子で
「愛せるか?」なんて心配した自分がバカだったとすぐに思い知った。

数年後、私は結婚した。
実家の一階部分を少し建て増しし、二世帯住居に直して住むことになった。
実家は二・三階、新居は一階。玄関も別。私は下の階に引っ越しをした。

それまでもネコたちは木を伝って簡単に二階のベランダに登り、そこを出入り口にしていた。
ベランダは実家の茶の間に面していたので、そこにいる誰かがサッシを開けたり閉めたりする。
その茶の間の掘りごたつはちびこのものだった。
ちびこはいつも入っていて、ぼくおがのぞくと「フーッ!」と怒った。
ぼくおは遠慮がちに、こたつ布団の上で丸くなっていた。

新居の建て増しした茶の間はベランダの真下の庭に面していたので、
ときどきぼくおが通るのが見えるかな、見えたら寄ってもらおう、と思っていた。
だから掘りごたつがぜひ欲しかったのだ。
ぼくおが思う存分入れる掘りごたつが欲しかったのだ。
ネコは家に付く、というから、下のうちに慣れてくれないかもしれないけど
時々は下に来て、ちょっとくつろいでもらいたいな~、と思っていた。

新婚旅行から戻って最初の日、早速私はぼくおを誘ってみた。
庭に面したサッシを開けて、ぼく、ぼく、と呼んでみた。
ぼくおはすぐに入ってきた。そしてなんの迷いもなく、うちのお座布団で丸くなった。
そのまま夜になり、ぼくおはうちでご飯を食べ、またお座布団で丸くなった。
「泊まるのかなあ?」私は茶の間と寝室の戸を開けたまま、ベッドに寝に行った。

その夜中・・・ぼくおがベッドに飛び乗った気配で目が覚めた。
布団の入り口を探している?
「ぼく」と呼んで、肩口の布団をちょっと持ち上げてみた。
ぼくおは普通にもぐってきた。もぐってもぐって私の腰のあたりでUターンして、
顔だけ出して寝始めた。
驚いたし嬉しかったし、でもその直後もっと幸せな奇跡が起きた。

向こうを向いて寝ているぼくおの背中をなぜると
「ゴロゴロゴロゴロ・・・・」
再会以来、全くゴロゴロいわなかったぼくおがゴロゴロいっていた…
初めて聞いたぼくおのゴロゴロ!

「ママ、ぼくもここに住むよ。」と確かにそのときぼくおが言った。
その瞬間、ぼくおは実家の子ではなく、私の子、私の連れ子になった。
ぼくおの寝息と、時おり思い出したようにゴロゴロいう声を聞きながら
私はやっぱり確かにあった運命の糸、あの嵐の日からの事を思っていた。

by mamimi-loves-leo | 2010-03-29 20:46 | ぼくお | Comments(4)

Commented by 甘栗 at 2010-03-30 00:58 x
本当に引きこまれて読んでしまいました。感動しました。

ぼくおちゃん・・・
なんだかもう、知っている子みたいな気持ちです。

再開の時の面変わりのすごさに、お寺での生活の厳しさがうかがえて、涙が出るほどせつない・・・(精一杯のことをして、命を生かしてくれたのでしょうが)

それにしてもまみみさんの文章には抑制と品格があり、かつ感情豊かで素晴らしいです。うーーん、文は人なり、ですね(羨望と自嘲をこめて)
Commented by まろん at 2010-03-30 08:12 x
涙拭き拭き読ませていただきました。
私もみんなのこと思い出しちゃったな・・・。
ぼくおちゃんのお顔が目に浮かびますよ。
よかったよかった。幸せになれて・・・。
Commented by mamimi-loves-leo at 2010-03-30 13:02
甘栗さん♠

わぁ~!そんなふうに言っていただけるなんて~!感激です!!
ぼくおといたころは良いことも悪いことも振れ幅の大きい時期で、
いい思い出も辛い忘れたい思い出もたくさんなのです。
今回書くのも迷いに迷った末なので、伝わるものがあったらとても嬉しい・・・
当然最後は別れに向かうので、この後も悩みつつですが、
いい機会なので思い出そう、書こうと思っています。
励まして下さってありがとうございます。
がしかし、品格・・・?私に会ったら取り消しちゃうと思いますヨ。。。
でも本当に嬉しいです。ありがとうございました(^^)
Commented by mamimi-loves-leo at 2010-03-30 13:21
まろんさん♠

ありがとうございます~。励まされます~。
ぼくおのことは、実は後悔がいっぱいなのです。
あとでやり直せないから、子育てもワンニャン育ても、
もちろん親孝行も一生懸命しないと、と改めて思っています。
後悔先に立たず。

この後は当然別れへと向かうので、
書く私はもちろん涙涙・・・