ぼくおちゃんの話 蜜月

ぼくおが「このうちの子になる」と決めてくれたあのころのことを、私の母は
「必死だったのね、あの子なりに」と振り返る。

執拗な先住ネコ「ちびこ」のいやがらせ。もし彼らに言語があったなら
「私から見えないところにいて!」「きーたーなーい!飛ばさないで、ハナクソ!」などど
一日中言われていたのだろう。ちびこも必死なのだから。
ぼくおは攻撃性の全くない子だったので、
(後に生まれた長女がのしかかろうが逆さに抱っこしようが何もいわなかった)
一見ちびこの独り相撲、のれんに腕押し風に見えたが、実はじっとたえていたのだ。

私が下に引っ越した時に、安住の地を求めて必死でついていったのだろう、と。
そうかもしれない。

夫も幸い動物好きで、子供のころ飼っていたインコがどんなに可愛く長寿だったか
今だに自慢するような人だったので、反対はしないと思っていたが、それどころか
ぼくおは(冷静に見れば普通かちょっとぶさいく気味な十分大きくなっちゃったネコなのに)
すぐに夫の心の急所を掴んでしまったようだ。
彼はぼくおの非常にかすかな「 …ア…(開けて)」に素早く反応し席を立ち
戸の開け閉めをせっせとしていたし
夫の寝ている顔をのぞきこんだぼくおがその場で「くしゃん!」、ハナクソを顔に飛ばされても
「やったな~」と笑いながらぬぐうまでになっていた。

私は「結婚」というものを「友達が2倍にふえること」と思っていたふしがあり
双方の友人たちが本当にしょっちゅう遊びに来た。
初めてくる人はまず畳の部屋+掘りごたつの存在に驚き、次に足を突っ込んで顔色を変える。
「な、なにっ!?」 ぼくおは何人の人に踏まれただろう。
次からはみんな、まず中を見てぼくおの位置を確認するようになる。
「ぼくお、ごめんね~」と言って、ちょっとよけてもらったりもする。

特に夫の研究室(大学院)の先輩後輩は、大勢で月に1~2回、週末に来て泊まってもいった。
結婚すれば奥さんも連れてくる。夫婦4組独身3人、とかの大人数で、よく旅行にも行った。
その誰もがぼくおを可愛がってくれた。必ず誰かがぼくおを抱いたりなでたりし、
酔っぱらって眠い人は「ぼくお~。来てくれ~。一緒に寝よう~。」と倒れたりしていた。

当時の流行語で今では死語であるDINKSを気取っていたわけではないが、
20代の私に子供を持つ気は全くなく、結婚後も変わらず10日や2週間の演奏旅行に出ていたし
大学院生だった夫も泊まり勤務も多かった。
一階に誰もいないときはぼくおは二階にいて以前のように過ごしつつも、
一階に誰かの気配を感じるとすぐに「帰ります。ぼく帰ります。」と父や母に言って
サッシを開けて出してもらって帰ってきた。
そして時々父が内線で「むすこさん、今お帰りになりました~」などとふざけて言ってきたりした。

このころの10年足らずが、ぼくおと私たちの蜜月、黄金時代だった。
私の両親は共に元気でまだ十分パワフルで、私も若くて自由で余裕があった。
そしてそんな平穏、幸せな平凡は永遠のものではないなんて、考えることもなかった。


このあとの5年間に起きた様々なこと、ぼくおに永久に会えなくなる日のことは
二度と思い出したくない、少しでも忘れてしまいたい。
そう思ってパンドラの箱に詰め込んで放っておいた。つもりだった。

れおがいる今、れおの動作の一つ一つにぼくおが見えるときがある。
帰ってきたのかなぁ。と都合よく思うことがある。そんなわけはないのに。
ぼくおは二度と帰ってこない。それだけは確かなこと・・・

by mamimi-loves-leo | 2010-03-30 12:28 | ぼくお | Comments(0)