カテゴリ:お泊まり( 183 )

いにしえの人の心

4月14日朝。
私はいつもどおり娘たちの朝の準備をして送り出し、
夫はせめてもの罪滅ぼしにと、6時過ぎからたっぷりれおとお散歩。
それでは行ってきます~
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東京発9:00の「のぞみ」で京都へ。
4月にしては寒いけれど晴天。
後輩M氏との待ち合わせは夕方4時半だけど
普通の平日に休みをとることなんて
ぜーーーったいしない夫の奇跡的行動を
フルに有効利用するべく、例によって私の
情熱的下調べと提案・検討の結果・・・

京都駅内の「ウェスティンホテル・サテライトコンシェルジェ」に荷物を託して(1個300円)
そのままJRで「山科」、地下鉄東西線に乗り替え「醍醐」へ。

a0157174_924859.jpg 醍醐寺

秀吉の催した「醍醐の花見」で知られた
真言宗醍醐派の総本山。
醍醐山すべてを寺域とする広大な寺で
山麓の下醍醐から山上の上醍醐まで
歩いて1時間以上かかるという。
今回は時間がないので下醍醐だけ。
いつかゆっくり歩いてみたい山寺だ。
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二度の焼失後、秀吉の命によって
1600年に完成した金堂
951年に完成した京都最古の木造建築
五重塔が国宝。
去年春のJR「そうだ京都行こう」CM の舞台であったことで、桜の時期には
「東京から客がアホみたいに来よる」(タクシー運転手談。おもしろい人だった)そうで
桜が終わっていて寂しいけど、ゆっくり空気にひたっていられて、むしろ幸せでした。

醍醐寺が伝承している10万点以上の仏像・絵画等の寺宝を収蔵、展示している霊宝館
そこをさっくり拝見して、次に行こう・・・と入ったのですが・・・出てこられませんでした。
「本物」の発信するメッセージの強さ。一つとして受け流せないのです。
9~10世紀の名工たちの残した仏像。信仰をもっていない私にさえ聞こえてくるようなナニカ。
指先、まなざし、たたずまい。
人もまばらな静かな中で、じ~っと見つめてしまいました。やどってる・・・。

慶長3年、醍醐寺で催された、日本史上最大の豪遊とも言われる「醍醐の花見」
秀吉が1300人以上の侍女たちを従えて行ったこの花見のために、
近隣から700本もの桜を集めたというが、しょせん今となっては「歴史上のできごと」の一つ。
そのとき女性たちがしたためた和歌の短冊も、たくさん残され保管されている。
北の政所、淀殿、その他たくさんの側室、侍女・・・
皆さん達筆だなー、和歌が苦手だったら辛いだろうなー、ぐらいな気持ちでささっと拝見。

ところが。日記です。
当時の醍醐寺の座主であった80代義演准后の日記が、実にきれいに残されているのです。
もちろん達筆すぎてまったく読めませんが、部分的に口語訳されたパネルが隣に置いてあります。

醍醐の花見から遡ること一年。慶長2年3月(現4月)。
突然、まったく前ぶれなしに太閤秀吉様がやってきた、と。驚くことこの上なし。
とにかく慌ててお掃除を命じてなんとかすませた。
桜をご覧になって機嫌よくお帰りになった。よかったよかった、という感じ(私の意訳です)
わかる~!わかるわ~!
義演さんは、応仁・文明の乱のあと荒れ果てていた醍醐寺を復興した中興の祖といわれるお方。
その大きな後ろ盾が豊臣秀吉、彼の帰依なしにはできなかったでしょう。
その人が突然来ちゃった。抜き打ちチェック?!
慌てたでしょう、それはそれは。あー、なんて人間的。
しかも、そのときに、家康も随行してきているのです。秀吉が家康を連れて。物語のような事実。
迎えた方の人間的記述によって、すべてが物語から生活・日常に変わっていく。

そのとき秀吉が気に入ったからこそ、綿密に用意された翌年の花見があったのでしょう。
もちろんその日の記述もあります。太閤殿、一日中楽しまれた。よかったよかった。
女性たちの席順も残っています。あちらを立てて、こちらを立てて。
外伝では、杯の順番について、正室北の政所の次を淀殿と松の丸殿が争ったとか。
そんなこともあったでしょう、きっと。
そんな目で見ると、先ほどの短冊が急に興味深く見えてくる不思議。
たくさんの侍女たち。政所の侍女。淀殿の侍女。この側室の侍女。あの側室の侍女。
みんな張り切ったのだろうなー。
せっかく連れてきていただいた、この日の感激をなんとか表したい!お目にとまりたい!

そういうわけで、予定時間を大幅に過ぎて、やっと霊宝館を後にしました。
お天気も良かったし、のんびり歩くはずが、タクシーをひろって移動。
小野小町ゆかりのお寺をささっと見学して(しょせん伝説だからね)、再び地下鉄東西線に。
「蹴上」で降りて、ウェスティン都ホテルにチェックイン。休む間もなく「夜の部」への支度・・・
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             霊宝館まえの枝垂れ桜。数本だけ残っていてくれました

by mamimi-loves-leo | 2010-04-16 12:50 | お泊まり | Comments(2)

やはり歴史はおもしろい

今年の春はいったいどうなっているの?!
もう四月も半ば過ぎたというのにこの寒さ。
夕方東京駅に降り立って、あらためて寒さに驚いた。
京都も寒かったけど、こちらの方が寒いかも。

たった一泊二日とは思えないぐらい、充実した旅でした。疲れた・・・
残してきたムスコと娘たちを気にしつつも、
昼間は夫と二人でいにしえの都の名残を堪能しまくり
夜は後輩M氏の案内で
京都の夜の顔をチラリとのぞかせてもらい
a0157174_20211268.jpg古きもの新しきもの様々な刺激で
頭の芯がチカチカしています。


でもやはり古きものの圧倒的存在感には
今の刹那の刺激などかなうわけがない、
と思うのは、
競うように新しいものを追う街に
住んでいるせいでしょうか。


さすがに桜はほとんど終わっていましたが
(タクシーの運転手さんに
『お客さんら十日遅いわ、ハハハ』と言われたけど)
そのぶん静かでゆっくり拝観できました。

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秀吉や家康、という人たちが、
確かに生きて生活していた、ということ、
それを取り巻く周りの人も
今と変わらない人間らしさで
暮らしていたということが
確かにわかる、肌で感じるという
興味深さ、摩訶不思議な感覚。
古都ってすごい。


そして思ったこと。 日記はつけておくものだ、と。 日記はタイムマシンにもなるのだ、と。

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400年前の人の感覚が
今の私たちと変わらないという
あたりまえだけど新鮮な驚き、
そしてとても嬉しい気持ちを味わった
一日めの昼の部から
忘れないうちに書いてみます。


寒さのおかげで桜もありました。
チラホラとですが。

by mamimi-loves-leo | 2010-04-15 20:53 | お泊まり | Comments(0)

思い出温泉

私とぼくおの蜜月時代を “ ある意味 ” 共に過ごした夫の研究室の友人たち。
当時は年に2,3回はみんなで旅行に行っていた。
先輩の一人の親戚が経営する群馬県四万温泉の旅館にも数回泊まりに行って、
温泉に入って飲んで雑魚寝して、学生気分のまま楽しませてもらった。

でもうちに子どもができてからは集まる回数も減り、
次女が生まれたあとのごたごたや、他のうちも子どもが増えて忙しくなったり、
その後の10年ぐらいはほとんど会うこともなかった(夫同士は職場や研究会で一緒だけど)。

やっと子持ち組が落ち着いた3年ほど前からまた
妻も参加の食事や飲み会を半年に一度ぐらいずつ再開した。
夫と私、夫の一年先輩2人とその奥さんたち(SちゃんYちゃん)の6人が
最初のメンバーだったので、
妻3人で「これからどんどん復活しようね。私たちだけで旅行にも行こうね。」と
ワイン飲みながら話していたのが一昨年の秋。

ところが昨年のお正月の二日、妻3人の中で一番若かったYちゃんが急に亡くなってしまった。
小中学生の3人の子どもを残して。
私たちもショックだったし、ご主人のショック、憔悴は見ていられないほどだった。

今年のお正月、残った夫婦二組でYちゃん宅にお参りして、5人でワインを飲んだ。
昔は楽しかったね。四万温泉(妻を失くした彼の親戚)もよく行ったわよね。
「また行こうか!」と彼が行った。
「またみんなで行こうよ。きっとYもついてくるよ。ワイワイやろうよ。」

そうしようそうしよう。後輩たちも誘って。子どもは置いて。昔みたいに。

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かくして私たち夫婦、子どもを持って以来初めて、
子どもを置いて旅行に行ってまいります。




・・・あのころは温泉の喜びは二の次だったけど、
         齢を重ねた今、温泉が恋しい~!

by mamimi-loves-leo | 2010-04-02 11:57 | お泊まり | Comments(0)